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記録

私の「恋人」の定義、「恋愛感情」の定義、友達と恋人の相違

私パートナー氏のことめっちゃ好きなんですよ。
こんなに好きになると思ってなかった。びっくり。
なにより私の感情をとても大事にしてくれて私はいつもつい自分の感情を後回しにして相手がどう思うかに合わせて謝ったり「大したことじゃないんだけど」と断りを入れたりしてしまうんだけど氏は必ず「大したことなくないでしょ」って私の感情を見つけてくれる。
私はやっぱり女を好きになれなくなったことが今でも悲しくて泣くたび悲しみが生々しく感じられて安堵しながらそれでも泣くんだけど「私があなたを好きになればなるほど女を好きな私はどこにいっちゃうんだろう……」と吐露したら間髪いれず「俺は覚えてるよ」って言ってくれて本当に嬉しかった。どこにもいかない。(いま変換したら「かんはついレズ」になって笑った)
なんかほんとに好きなの。






その一方で元カノのことがいまでも好きなんだと日増しに思い出していく。

前回までの記事を書いたときはまだまだ彼女への恨みが大きかったんだけど私が根本的に恨んでるのは元カノじゃなくて社会です。
前回の記事を人に読んでもらったときにしばしば「一人厄介な女に当たっただけでしょう、なにも女すべてを諦めなくても」と言われるんだけど、私は元カノが厄介な女だったから諦めたんじゃなくて、元カノを通して同性愛を殺してくる社会の大きさを知ってしまったから諦めたので、これ以上太刀打ちする気力はないんですよ。社会に。(今現在の"LGBT"という単語が浸透して地方自治体から社会を変えようとしてる人たちがいる日本社会でも全然足りない、全然息はできない)

それでパートナー氏が私の悔しさも悲しさも全部受けとめてくれたから私はちゃんと元カノへの恨みと社会への恨みを切り分けることができて、そしたら元カノへの恨みは急速にたち消えていって残ったのは彼女が好きだという気持ちだけだった。

彼女は私の感情なんかひとつも大事にしてくれなかった。
私が不機嫌になるとどうしてそうなっているのかには思いも馳せず私が不機嫌になったことに対して「自分を蔑ろにしている」と思って不機嫌になった。私がつねに優しく笑っていなければ離れていってしまった。
でも好き。

「○○だから好き」よりも「○○だけど好き」のほうがホンモノだなんてロマンティシズムには与さない。私の恋愛にロマンは必要ない。
瞬間風速力で比較すれば圧倒的に元カノへの想いのほうがパートナー氏へのそれより深く重く大きかったけど、いまは、一度好きになった人への執着を断てないだけだ。あんなにも深く好きになって好きあってお互い依存しあった人に対して感情が消化不良なままだから忘れられないだけ。

会いたい。何年も会ってないのに一度会いたいと思ったら離れなくなった。




前置きが長くなったけどそれをパートナー氏に相談してたら私の恋愛観が完全にはっきりしたので記しておきます。





自分の今までの恋愛傾向として好きになったら付き合わなきゃ気がすまなかったんですよ。
付き合わない恋愛は意味がないので、その人は私のことまったく好きじゃないんだな、あるいは他の人のことが好きなんだなと確信を持ったら冷める。友達として付き合うかどうかは関係次第。

それはモノアモリー観を内面化していたときだったので、ポリアモリーを理解してからは「恋人が私と他の人どちらも同じくらい好きだと信頼を持てたら私は冷めなくなる可能性がある、かもしれない」と思うようになった。


「友達と恋人の違いがわからない、どう違うの?」という悩みや疑問を聞くたびに全然理解できなかった。その人たちの疑問はともかく自分事としてその感覚がまったくない。
友達は自分のなかで友達カテゴリーに入れた人のことだし恋人は恋人カテゴリーに入れた人のことだ。


それと私にとってセックスは大きな意味を持たない。
無駄に意味づけする価値観が嫌いだ。したいならする。したくないならしない。シンプル。
ハグしたいって欲望があってその延長線上にキスしたいセックスしたいって欲望が生まれて環境がそろえばする。


そんなだから、私は元カノのことが好きで、会いたくて、たぶん会ったら触れたくなるし、セックスしたくなるんだろうって確信がある。
でも絶対よりは戻したくない。もう二度と恋人関係を育みたくない。トラウマだからだ。






って感じのことまでは今までもわかってたんですけど。
パートナー氏と色々話したら煮詰まった気がする。

前提として、今までも何度か浮気の定義についてすりあわせを行っていて、とりあえずすぐに許可されたのは「風俗は行っていいけど友人知人とはヤっちゃだめ」だった。
「風俗は性欲を発散するって目的とサービスだからいい。でも知ってる人となら、そこに恋愛感情が発生する可能性がある、ていうか、なんで友達とヤる必要があるの? するってことはそこになんらかの情があるってことでは? って俺が疑ってしまう」

とりあえずそうか、と納得した。




でも今回、友人知人とヤったところで私は恋愛感情にならない確信があるので浮気の定義を見直しましょう、あと元カノと会いたいし好きって言いたいしあの頃なにを考えてたかって話をしたいしヤりたいけどあなたの信頼を裏切ることはしたくないという話をした。


「というわけで、私にとってセックスって大した意味はないから今まで友達とヤらなかったのは偶然でしかなくもしヤってたとしても友達に対する感情は今と変わらなかったと思う」

「そっか、それなら風俗に限定しなくてもいいよ」

「では元カノに関しては?」

「会ったらいいんじゃない」

「いいの? 会ったらヤりたくなっちゃうと思うけど」

「よりを戻す気はないんでしょ? じゃあ会えば?」


まではスムーズだった。

「高校時代私の願いは『彼女とずっと一緒にいること』だった。でもずっと一緒にはいられないんだろうなって諦めてからは『ずっと両想いでいること』になった。今でもきっとそうなんだと思う。
だから元カノがもう私のこと好きじゃなくなってたら私はショックを受けるし、仮に会って、仮に私には今付き合ってる人がいると伝えた上でセックスして、それで「友達になろう」って言われたら私はそれを「ずっと両想いでいようね」という愛の告白として受け取るので迷うと思う。それでも会っていいの?」

「いいよ。友達でしょ? でもその後そういう行為が複数回に及ぶのはダメ。そしたら恋愛と見分けがつかなくなるから」

「なぜ?」

「一回めはさっき言ってたように気持ちの区切りとかそういう意味が含まれるってわかるけど、複数回となるとそれはそれだけの感情があるってことじゃん。それは恋愛にしか見えない。好きで、複数回セックスをして、それを恋愛と呼ばない根拠はなに?」

「逆にそれを恋愛と呼ぶ根拠はなに?」

「うーん……。でも複数回する根拠は恋愛感情でしょ。好きだからするんでしょ」

「会いたい根拠も友達になる根拠も好きだからだよ。好きじゃなかったら会いたくならない。それは許してくれるのに行為があるかないかの違いで切り分けるのはなぜ?」

「……。"友達でいよう"はセーブがあるじゃん。セックスがあったらもうそれは恋愛にしか思えない」

「気持ちに禁欲があればいいの? 私は元カノと恋人的なコミュニケーションがしたいから友達になりたくて、そこにセックスが存在するかどうかは特に重要じゃないけど、それでも?」

「うーん」


ここでパートナー氏の認識を表におこした。

画像


「性行為あり(複数回)、恋愛感情あり」が論点である。


「俺には恋愛にしか見えないけどこれを恋人じゃなかったらなんて呼ぶの?」

「……うーん、なにとも呼びたくない」

「恋人ってなに?」

「"恋人"と認識した人」




二時間ほど話して時間切れ、帰宅。

別れてからなんだろうなあと反芻して、やっと、私のなかで「恋人」「恋愛感情」「友達」の定義が定まった。



恋人は、自分の人生全部を抱えてダイブしていい相手のことだ。


これで全部繋がる。

付き合ってくれないとわかった相手にすぐ冷めるのは、私のことを受け入れてくれない人にはダイブできないから。
恋人と友達のちがいが自分のなかで明確なのは、その人に自分全部さらけだしていいと思っているかどうかというわりと明確な基準が設けられているから。
「恋人」に恋愛感情の有無も性行為の有無も重要じゃないのは、恋愛感情/性行為はそれそのもので自分をさらけだす必要があるものじゃないから。
元カノのことがこんなに深く傷になってるのも、あの頃私は彼女に人生全部かけてダイブしてたから。だからずっと一緒にいてくれるかどうかが大事で、女同士だからという理由でそれができないと言われたとき社会を恨んだ。
いまパートナー氏と付き合っていてこんなに安定してるのも全部さらけだして受け入れられる私の理想の恋人関係が築けているから。


甘えたいとか自分をさらけだしたいとか受け入れてもらいたいって欲望がまず大きい。
でも早々できない。
生育環境的な問題もあって親にはさらけだせない。
好きな友人、深い関係だと思える友人はそれなりにいるけどその人たちにもどこか心理的に抑制をかけてしまう。弱音を吐けないとかもそうだし「あ、この話口にはしてみたいけど些細すぎてどうでもいいから/いま話してる本筋には関係ないから話すのやめよう」って抑制もある。

恋人ならば、どうでもいい話をしてもいいし、弱音を吐いてもいいし、甘えていいし、頼っていいし、好きでいていいし、互いの人生の少なくとも一定期間は責任を取りあっていいからダイブできる。
って思ってる。
あくまで私の話ね。恋人に比べて友達やほかの関係が劣っているとか恋人関係以外を軽視してるとかって話ではないです。
百合業界では様々な意味を含んだ「お友だち」が万能フレーズなんだぞ。




そういう恋愛観のなかでは、「恋愛感情」は単に「恋人関係」にコミットするためのツールに過ぎないんですよ。
所詮私も少女漫画育ちなので「恋愛感情ー恋人ー結婚」モデルに惑わされてたんですね。女が好きなので結婚≒ずっと一緒にいる意思があることという理解でしたけど。

私の「好き」は選択なので、好きになろうと思ったら自己暗示つづければなれる。なろうとしなかったらならない。
ドキドキするとか無性に会いたくなるとかときめきとかそういうものってすべて「期待」って言葉に変換できると思うんですよね。(嫉妬とかも期待の亜種だと思う)あるいは身の危険信号を誤解する吊り橋効果かどちらか。

恋愛においてベットする(懸ける、じゃなくて賭ける)「期待」の大きさって莫大ですからね。
そのぶん叶ったときの嬉しさ・快楽はでかい。
それが私の「恋愛感情」の正体。私はこれを恋愛感情と呼んでいる。
なんか少女漫画とかBLとか読んでてときめくことも多いけどあれ自分のなかで起きる反応って恋愛感情とまったく一緒なのよね。
ただ「受け入れてもらえないかもしれないけどもらえるかも」と思いながらする恋愛は賭ける量が自分でコントロールできなくなるから振り回される。これが恋愛の業。
オタクってよく「これは失恋としか形容しようがない」みたいな事態になるけど(付き合いたいとは思ってないけど推しが結婚したとか)あれもなんらかの期待が報われなかった、幻想が崩壊したことに対して「失恋」と呼んでるってことだと思う。
だから私もよく失恋する。

パートナー氏と付き合って少し経ったころ、「女相手だとどうしても性欲ありきで見てしまって本当にマッチする相手なのか吟味する目が曇っちゃうから、もしかして私、最初から性欲フィルターかけずに見れる男を選んだほうがよかったのでは!?」と気づいてしまってちょっとショックだった。


当然「恋愛感情」と「好き」も違う。「好き」のなかに「恋愛感情」が含まれる、恋愛感情⊂好きって感じ。
パートナー氏のことは好きだし愛しいし一緒にいたいしできるかぎり私の与えられるものは与えたいし応えたいけど恋愛感情は少ない。受け入れられるってわかってるから期待は大きくなりようがない。
期待すべてが恋愛感情とは言わないので恋愛感情⊂期待ですけど。


で、ついでに「友達」は、ある程度気後れなく自分の言いたいことを言える相手、といったところでしょうか。
だから恋愛感情があっても友達だしセックスしても友達。
性行為あり(複数回)かつ恋愛感情ありについては名をつけない。二次元でいえば恋愛感情かもしれないけどそうじゃないかもしれないけどセックスしてるカプがめちゃくちゃ好き。

わりと結論が出たと思ったのでタイトルに【完全版】ってつけたい。




「だから、たとえ元カノに恋愛感情があっても複数回ヤるなんてことになったとしても、あなたへの気持ちになんの変化もないし、元カノのことを恋人とは呼ばない。私は元カノの人生にはもうなんの責任も持たないし、自分をすべてさらけだしたいという欲望もわかない。
……っていう話を聞いても納得できない?」

「え、なんで今ので納得してもらえると思ったの」

「え……私にとって重要なのは『恋人』でしかなくて恋愛感情も性行為も意味がないものなのになって。だから私はあなたに恋愛感情のない状態で付き合おうって誘ったんだなって気づいたの」

「ああ……でも、俺は無理」

「なんで?」

「一回ヤるのは目的がわかる。でも二回目以降の目的は? 他の人とするのは女体恋しさっていう目的があるけど、元カノさんとなら別の意味になるでしょ」

「女体を求めるのはいいけど元カノを求めるのはだめってこと?」

「特定個人を求めるのがだめ、かな。あとたとえあなたが恋愛感情も性行為もなんとも思ってなかったとしても相手方はどう思ってるかわからない。別にセックスしたいなら風俗でもなんでもあるのになんでわざわざ火種を起こしにいくのか」

「仮に、まあ今までのも全部仮の話だけど、仮にうまいこと元カノとそういうことになれたとしたら、他の人よりそういう雰囲気になる確率が高い。私は元カノとは恋人コミュニケーションしか知らないしできないから。風俗は行こうとしなければなんもないけど元カノとなら単純に可能性が高くなる」

「てことは、友達として何回も会ったらそういうことになる可能性があるってこと? それならやっぱり会ってほしくもないかな。一回会ってさよならっていうならいいけど、それ以降はちょっと。……ごめんねわがままで」

「いえいえこっちがわがままですから。笑
なるほどね。じゃあそれも含めて色々、本当に会うかどうかも考えるね。会いたいっていうのは元カノに対してもエゴだし傷つける可能性もあるし」





他にもごちゃごちゃ話したけどだいたいこんな感じで妥結しました。
パートナー氏は特定の他人を恋愛感情から求めることを浮気だと規定していて、求め方として単に逢瀬を重ねるだけならいいけど想いの結実/実行としてのセックスがあるのは許容できない、ということ。
セックスには目的を求めていて、目的が「自分なかのなんらかの感情を処理する」ことなら自己中心なのでいいけど「相手を求める」となると自己より相手の比重が高くなるので無理だと。

たぶん私は相手が他の人と恋愛感情によるセックスをしていても私の存在意義はその人とは別にあると思えるので私への思いやりや態度に代わりなく私に生活を捧げてくれたら平気な気がする。あーでもその状態でその人への想いやその人との生活が臭わされるのは嫌かな。
ポリアモリー(というかポリガミーのほうかな?)についてはちょっとたしかな想像が及ばないので「もしかしたら大丈夫、かもしれない」の域を出ない。

あ、元カノには会いたいけど、すりあわせの仮定のために持ち出しただけで、今すぐ会う気もセックスに本当に持ち込めるのかも仮に持ち込めたとして二回目以降つづける気もあんまりない。

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