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記録

「一橋大学アウティング事件裁判経過の報告と共に考える集い」に行ってきました。

2017年5月5日、アウティング事件の報告集会に行ってきました。
私はこの件を詳細に追っているわけではありませんが、この場で述べられたことをメモにとり、それをまとめました。


裁判報告についての配布資料がこちら。

↓進行次第・パネリスト一覧
進行

↓時系列の整理
整理


↓原告・相手方学生・一橋大学の主張、裁判の進行、問い合わせ先
主張

本件概要についてのメディア記事:一橋大学ロースクールでのアウティング転落事件〜原告代理人弁護士に聞く、問題の全容
一橋大・ゲイとばらされ亡くなった学生 遺族が語った「後悔」と「疑問」

今回の集会についてメディアのレポ:「差別の視線が同性愛者を死に追いやる」鈴木賢教授は訴えた。一橋大学アウティング事件



問題のまとめ。

・本質は「同性愛者の自己受容」「恋の告白を言いふらされたこと」ではなく「アウティング」「いじめ」
・本件はプライバシー権の侵害に該当。「ゲイ」はセンシティブな情報。アウティングは死に至らしめる危険な行為
恋愛のもつれとして扱われてしまうがそれはちがう。社会の問題
・強制異性愛主義(ヘテロセクシズム)の犠牲。「同性愛者である」から苦悩が生まれるのではない。大学や社会による同性愛への異端視、差別が、同性愛者を死に追いやる。アウティング→自殺に至るひとつのパターンがあり、これは社会構造の問題。これを被告側が理解していないことが問題
・加害者学生は「アウティングより他に取り得る手段はなかった」のか?
・一橋大学の対応は適切だったのか?



【加害者学生の主張詳細(レジュメより引用)】

1 本件アウティングはプライバシー侵害の「公開」には該当しない
2 アウティングと被害者の精神的苦痛には因果関係なし(加害者への複雑な感情、同性愛者であるという事実に向き合わなくてはならなくなったことが原因*1
3 アウティングには正当な理由があり、違法性なし(突然に恋愛感情を告白され、大きな衝撃。つらい精神状態。第3者に言ってはならない義務はない。)*2


【大学側の主張】

「法科大学院生は法的知識も人権意識もあるので大学側が改めて教育する必要はない」
・個人間の問題であり、大学が積極的に介入することではない
「アウティングによる結果ではなく、同性愛を苦にした自死」
・同性愛者の自殺率が高いという統計を引用し、それをスティグマ化して「だから自死したのだ、その原因はアウティングにはない」と主張(裁判を傍聴した有志支援者による証言)


【当時の加害者の思考と行動(南氏の証言と推測)】

・LINEを見るに、加害者がアウティングしたのは"あいつ悪いことしたよね?"とクラスのみんなに共感してもらいたかったからではないか。しかし実際は歯切れの悪く煮え切らない反応……。加害者学生のことも友人として責めきれないし……といったふう

(原氏の意見)加害者の考えとして、本来告白を断ったのだから被害者学生が加害者学生を避けるべきだったにもかかわらずそうならなかった。だから偏見の力を借り反撃しようとしたのでは

・加害者は教授に相談(アウティングとの前後関係は筆者には不明)
 「自分がいづらくなった。なんで自分が遠慮しなきゃならないのか。あいつがクラスから出ればいい」

(被害者の妹さんの証言)机をばんばん叩いたり、わざとぶつけてきたり

【当時被害者が相談した機関とそこでの対応】

(南氏)大学側は同性愛の問題ばかりで「あいつひどいよね」とは対応してくれなかった。

・ハラスメント相談室
 GIDに関する診察で有名なメンタルクリニックへの受診を勧める
 「ハラスメント」問題としてトラブルに介入しようとはせず、被害者本人の心の問題として処理する対応

・法科大学院
 教授「カミングアウトするのは君にとっても損になる。就職にも影響が出るから隠せ」

・保健センター

【事件後の大学側の対応】

・事件発生後教授会に報告はなかった

・ご家族が大学に聞き取りをしようと連絡したら、ご家族の希望日程を聞くなどはせず、「この3日間しか空いていないけれどこのうちから選んでください」と対応

・ご家族が弁護士へ相談。訪問の日に弁護士の同席を伝えたら大学側はキャンセル

・せめてクラスメイトなどに事情を聞きたいと要望するも「公務員の守秘義務がある。学生たちも司法試験をひかえており、クラスメイトも亡くなっている状態なので面会することはできない」と断られる

・これまで(事件後から2017年5月5日現在まで)一度も大学はご家族の家庭へ直接説明に向かっていない

 →裁判を起こすしかなかった(南氏)

・被害者の最後のクラスLINEメッセ(「おかしいんじゃないか<相手方学生名>が弁護士になるような法曹界なら,もう自分の理想はこの世界にはない」「これで最後にします」「いままでよくしてくれてありがとうございました」)をご遺族は知らなかった。被害者のパソコンにあった訴訟準備用と思われるフォルダに残っていなかったため

・法廷での大学側の、「最後にこういうメッセージを残したのだから同性愛を苦にした自死だ」という主張があるまで一年以上知らされていなかった

【大学側対応の問題点について登壇者の意見】

(鈴木氏)
 GID専門の「はりまメンタルクリニック」を勧めた。LGBTの内部の複雑性を知らず、LGBTという符号が一人歩きした結果。

(横山氏)
 キャンパス・ハラスメントの相談対応の第一目的は「安心して学生生活を送り、教育を受け、研究できる環境を取り戻すこと」。
 相談者の自己解決も図るが、重要になるのは加害者への注意・警告と当事者間に入って人間関係・就学環境の調整。相談者と加害者の引き離しが最も多い。
 救済には加害者への働きかけが必要。目的は相談者を励ますことでも事態に白黒つけることでもない。
 →今回被害者の相談は一貫してアウティングされたこと、人間関係がつらいこと。相談室対応は調整として引き離しが第一になるはずなのに、二ヶ月間離れられない状況のまま。ありえない。

【状況の問題点についての意見】

・環境面
 (木村氏)
 法学教育内に同性愛の人権は含まれない。法学教育は判例教育が中心であり、プライバシー権の判例は学ぶが、同性愛の判例は大々的には教わらないままである。
 ロースクールは司法試験のためあえて学生をストレスにさらす30~50人クラスの厳しい環境。いじめの温床になる小中学校の危険性は認知されているがロースクールがそうだとは認識されてない。
 「いじめ」の事件である。
 事件当日も出席必須の模擬裁判があった。抜けられない空間をつくることは危険。

・社会面(告白→断る、という単なる恋愛のもつれとして軽く扱われてしまう)
 (原氏)
 自分たちのとりまく世界の捉え方。ミクロレベル、社会レベル、制度レベルの三段階が実際あるのだが、ミクロレベルにしか捉えていないと恋愛のもつれとして扱ってしまう。だが同性愛はそうではない。「社会的に容認されているのか?」という問題。
 アウティングされると1VS世界全体のゲームになってしまう。世界が敵。フェアではない。ひとりでは勝てるはずがない。だから犠牲が出る。

 (鈴木氏)
 アウティングのショックだけでなく、被害者は、誰かにそれが悪いことだと言ってもらいたかったはず。

【会場内からの事前質問への応答】

「加害学生も同性から告白を受けて重荷を背負わされたと思うことについて、ほかにどうすればよかったのか?」という質問が多数。

(原氏)
・学生相談などを利用する。その際相談室側は被害者と加害者で別々の人が相談を受けるべき。
・アウティングの前にふたりでコミュニケーションを取る。
・「誰にも言わない」という秘密の守られるゾーニングされた場所で相談する。
・自分のいるコミュニティとは別のコミュニティで相談する。


【最後の登壇者コメント】

(原氏)
加害者側にも言い分があると言われるが、そう言われるうちは被害者の安全は確保されない。車の交通ルールと同じ。心理的安全確保の問題。

(横山氏)
相手側の聞き取りが大事。大学側も相談をたらい回しせず、対応を充実させるべきである。

(木村氏)
これは絶対に判例に載る重大事件。いじめの事件でもある。
学校という場は危険、離脱可能な空間をつくるべき。

(鈴木氏)
これは賠償問題に留まらず、政策形成型訴訟である。
制度を変えるため社会に波及していくべきなので、社会的関心が必須。皆さんにお願いしたい。




弁護士南氏自身も「自分も被害者のご家族も「自分たちは正しいのか?」と考えてしまうとおっしゃいました。「間違ってると思うわけではなく、自分たちがなにか突飛なことを言っているのでは?」と。
最後は、弁護士吉田氏の「裁判側が大学側のように捉えてしまうことのないよう弁護士として働く必要がある」という言葉で締めくくられました。

また、一審で敗訴したら控訴で長期化する可能性もあり、裁判所へのご遺族の交通費も負担になるのでカンパを募っていました。
カンパ

感想。
とにかく一橋大学側の隠蔽体質と対応がひどくてびっくりした……。
南氏の言う「自分たちがなにか突飛なことを言っているのでは?」という感覚、とてもわかる。わかってしまう。
「恋愛のもつれ」として扱われてしまうこと、ええ、この事件への反応でいやというほど見た。
私自身も個人的に同性愛を弾圧してくる社会に苦しんだ話をしたときに男女の恋愛と同様に扱われたり個人の問題として矮小化されたりしてきているので……。
個人ではなく社会の問題であると知らしめるための裁判、これが「政策形成型訴訟」の役割ですね。当事者と無関心者の温度差を埋めるための。
台湾で女性らしい言葉づかいでいじめを受けていた生徒の死による事件が社会的関心を集め今日の台湾の同性婚への盛り上がりにつながっていると鈴木教授がおっしゃっていたので、私もヘテロセクシズムに殺された犠牲者のひとりとして、関心を持ちつづけていこうと思う。

今回の記録はメモ起こしなのでなにか誤解等あるかもしれません。補足があれば申しつけください。


*1 加害者は自死の原因がアウティングではなく同性愛苦にあると主張。しかしながら、被害者は相談室や大学院教授に一貫してアウティングの被害を主張。家族には「親友に裏切られた」と説明。被害者は過去同性への告白・失恋経験があり、その後相手と良好な関係を築いていることから明白な因果関係がうかがえる
*2 加害者は「重荷を背負わされ、むしろ自分が被害者である。他に取りうる手段はなかった」と主張。しかし被害者にストーキング等の事実があったわけではなく、告白前と同じように接していたのみ
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