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記録

彼氏ができました(追悼文)

男を選んだ自分を納得させるために、「まあ人生のなかで一回くらい女と付き合ってみるのもいい経験だったよ」と、思いかけたところで悔しさに過呼吸を起こした。
所詮女同士は一過性なんだよ!!私はもう二度と女を選べないんだよ!!女だからな!!!!
悔しい。悔しい。開けた女になんかなってやらない。負けた自分が悔しい。屈した自分が悔しい。
男なら誰でもよかったわけではもちろんない。いくつかの理由のうちのひとつでしかない。でももし彼が女だったら絶対選んでない。
同性愛なんてつらい。もうあんな思いは絶対したくない。できない。社会の抑圧に対する無力感を全身で感じながら「女同士が一過性だなんていうヘテロセクシズム、ミソジニー、ふざけんじゃねえ私が証明してやる!!」とかなんとか折れないように立っていたくない。

少し蓋を開けただけでトラウマが甦ったのだ。
私は別れの理由が「女だから。閉塞たる思春期の高校生活が終わったから」になることが怖かった。社会に屈することが一番怖かった。
女子校じゃなくて共学の中の恋愛だったから。男から好かれようが私が好きなのは彼女だからと女を選択しつづけたから。その事実に安堵していた。"それでも"私は女を選んだから。私は機会的ではない、女を選びたかったから選んだのだと。思春期一過性、そんなちゃちな一時の感情と無化されることに耐えられなかった。
戦っていたんだ。私の矜持だった。彼女がどんなに女同士に恋愛があるわけないと思い込んでいても、ちがうね思い込んでいたからこそいっそう、私は一人で戦っていた。

敗北しました。
マジョリティーになりたかったです。憧れでした。戦わなくても容易に可視化される世界に生きたかったの。一緒にいるだけですぐに恋人だと想定してもらえる世界に生きたかったの。
悔しい。今やっと、心から、敗北した事実を認めます。
ごめんね。さよならね。戦っていた自分さよなら。ごめん。本当にごめん。



上記、コピペ。
負けたから、負けたなりに、私の戦いを悼んでおこうと思う。
久しぶりに私生活のたぐいをブログに書きます……。考察ブログ分けといてよかった。でもこのへんの話は当時ほとんど書いてなかったんだよなあ。なんでだろうと思ったけどこんなにつらかったことに気づいたのもここ1年のことですしね……。



戦っていた私へ。謹んでお悔やみ申し上げます。

二年半付き合った高校時代の彼女はホモフォビアを骨の髄まで内面化した人間だった。
マジョリティー=正しい、マイノリティーは問答無用で間違っている。そう思い込んでいた。
そんな私たちの恋愛は得体の知れない「世間」に、「男」に、ずっと縛られていた。

異性愛が正しい。同性間に恋愛なんてあるわけない。だから私たちの関係は恋愛ではない。自分の持つのは恋愛感情ではない。
彼女はずっとそう思っていたのだ。


ある日私が男に好意のアピールを受けた。
それに気づいて彼女に恐る恐る報告したら、席を立たれた。すぐに電話がきた。


「男にモテたいー羨ましいー」
「今? 恋愛してないよ」
「(男女以外のものは)恋愛じゃない」
「友達として、好きだよ」
「逆になんで女にも恋愛できるの?」
「いや重要でしょ、男と女であるべきでしょ」
「(私のこと好きって、付き合うって何度も言ったじゃん)いやうちはずっと友達としてとしか言ってないし」
「(私への気持ちは恋愛感情じゃなかったの?)それが今もわかんないんだよね……まあ、紛い物ですよ」
「とにかく、もううちへの愛情はいらないから。そういう目向けないで」
「友達に戻ろう」
「人に言えないじゃん、何も」
「はあ? お前バカ? 言えるわけないじゃん。そんなことしたら終わる。今まじで呆れた」


翌日登校したら、「ごめん、昨日の忘れて! ずっと考えてたことが爆発しちゃっただけだから」とかるーく流されて、終わった。
私は彼女が「ごめん」とか言えるんだ、と思ってびっくりしてたら怒れないまま感情の置き所がわからなくなってしまった。
なにも言えないままその後一年以上付き合い続けた。



彼女に、それは内面化ホモフォビアでしかないと、そこにいても苦しいだけだと、異性愛至上主義なんて私は大嫌いだと、言い続けていた。
けれど彼女にとって正しいのはマジョリティーのみなので、マイノリティーに過ぎない私の意見はすべて取るに足らない戯れ言なのだった。だから彼女もひとりで悩み続けた。私の介入する隙は一切なかった。
私はその男に対して、「彼女の目があるところでアプローチや告白の呼び出し等してきませんように」とばかり思っていた。
告白されてからは彼女にタイミングを慎重にはかってはっきり報告したのに数ヶ月後「(別の友人)からさっき初めて聞いたよ。どれだけショックだったかわかる?」と言われて脱力した。


私のことを好きだという男が、彼女に恋愛相談をしたこともあった。

私からしたら急に彼女に無視されはじめて、嫌われたのかと落ち込んでたらなぜか慰めてくる男が現れたなって感じだった。
あとから判明したことに、彼女が男の告白をお膳立てするためにセッティングしたのだそうだ。

「○○くん、(男だからお前と付き合えるはずなのに)かわいそうだなって……」

私の気持ちは丸無視か? きみを好きだって言って他の人になびく気もない私の気持ちはかわいそうじゃないのか?
そんなにも同性愛は蔑ろにされるべきものなのか?
それからしばらく経って、私を無視していたその間彼女が知らないところで泣いていたことを知った。



付き合ってから三ヶ月経ったくらいに、「他に好きな男子がいる」と告白されたこともあった。
でもその後別に特になにかがあるわけでもなく、たぶんこれも「異性と恋愛すべき」だと思ってたからだろうなあ。

自分に子供ができたらという話をナチュラルにしてきたと思えば私が子供の話をすると黙りこんで不機嫌になる。
「ビアンカップルで子供育ててる人もいるよ?」とか切り出せば「は? 無理でしょ」って席立って帰る。
その手の話は地雷になった。

「友達としか思えない」と言われ二度ほど振られたけどこれは前述どおり同性間に恋愛がないと思い込んでいたための葛藤でしかなく、時間が経てば謝罪も契約回復の言葉もなしに復縁。

そんなことがあるたびに大騒ぎで振り回され理不尽なヘテロノーマティビティーに付き合わされなくちゃいけない。
事を荒立てて彼女の機嫌を損ねたくなかったので私は怒れずになんでも許した。
セクシャリティ関連でなくても揉め事は多発してたけど、喧嘩をしようとしても彼女はただ不機嫌になって黙したままか凝り固まった自分の言い分のみ当たり散らすかどちらかで私の話に耳を貸した試しがなく譲歩案はすべて棄却され、建設的な話し合いができたことは一度もなかった。



親が大事。世間が大事。いつか蜜月は去ってしまう。
思春期一過性(笑)恋愛と友情の混同(笑)儚いからこそ美しい百合(笑)
そんな異性愛規範に決めつけられたくない。私だって悩んでこれは生来の指向だとアイデンティティ確立してきたのに。彼女だってどう見ても私に恋をしていたのに。
彼女はずっと自分をヘテロ自認だと言い張ってきたけど別れてから「実は前からバイだった」とのたまった。私の不安はなんだったのか。

彼女のことは好きかつ嫌いだった。好きでも別に嫌いだって大きくていいでしょうと思って、私は私の好きにのみ執着した。
上にも書いたけど、私が一番怖かったのは「女は男と付き合うべきで、異性愛は同性愛よりも重きを置くべきなので、男と付き合うことにしました、(あるいは)男と付き合ってください、別れよう」と結論づけられること。
私たちの恋に一微たりとも関係のない、社会のヘテロセクシズムの弾圧によって、私たちが壊されてしまうこと。

ヘテロセクシズムに絶対屈服したくなかった。異性愛を同性愛よりも優れていて正しくてあるべきものだなんて認めたくなかった。認めている彼女のことが許せなかった。
バイであることはゲイに疎まれる理由でしかないと思ってた。


外では手も繋げなかった。少しでも触れれば勢いよく振り払われた。
二人だけで一緒にいたいと思ったときも、友達同士だとしか思われてないので、他の女の子たちが次々に周囲に集まってきた。
可視化されない。いないことにされてる。いないことにしてる。

私だって友達に彼女との関係を言いたかったよ。受け入れてくれそうな友達だってたくさんいたよ。
それでも彼女は引かれるだけだと言っていた。なんで信じてくれないの。

「彼氏いる?」って言われて「彼氏"は"いないよ!」って返したり。
彼女とばかやって他の友達から「カップルか!w」ってからかわれて、彼女が「いやいや違うよー」と否定するなか私は絶対に否定するものかと曖昧に笑ったり。
それだけが私の精一杯の抵抗だった。
ただのネタ的なからかいなのに彼女はいちいち本気まじりで否定するからそのたび私の苛立ちは蓄積していく。



高校の違う親友にカムしたとき、「彼女できたのかー! 彼氏じゃなくてよかった。彼氏だったら取られたーって思っちゃう」と言われた。 その後「結婚するなら相手どんな男がいいかなー! スピーチするね!」って執拗に言われつづけたこともある。
あとで聞いた。他意はなかったらしい。でしょうね。

バイト先の同僚には「彼氏がいる」という体で話をしてきた。
でもある日話に無理が出て、加えて私自身可視化されたかったので、カミングアウトした。静かにドン引きされた。

友達に「同性愛者? 日本にもいるの?! 無理無理無理!!!」って目の前で言われたこともあったな。その子はテレビの中にいる、男と見るやスキンシップを試みるゲイキャラ芸人が好きだった。

好きになりかけた女の子に真顔で「同性愛って気持ち悪いよね」って言われたこともある。私は「自分に関係なければいいんじゃない?」と返した。自傷だ。

男の子が、目の前にいる私たちが同性カップルだと想像だにせず、「○○、あいつホモだよ。気持ち悪い」と嫌悪をあらわにしたこともある。

男の子が、ネタ的に(本当は違うのはわかってるよ、と留保つきで)ゲイ扱いされて笑われてたこともある。その子は否定も肯定もせず曖昧に笑ってた。ゲイだったのかもしれない。そうじゃないかもしれない。

保健の教科書には「思春期になると異性に惹かれはじめる」とか「母体にストレスがかかることによりゲイが産まれる」とか書かれていた。

保健の授業ではゲイのAIDSを教師がネタにした。

全国模試の現代文で「同性婚推進者って革命家のつもりかもしんないけどもうちょっと頭使って考えなおせwwwwww」って内容を強制的に読まされ問題解かされた。
理屈で山程反論したかったのにそれができない。理屈を持たない周囲の受験者は価値観刷り込まれてしまう。同性愛で悩んでる人ならどれだけ絶望するだろう。その屈辱。

まとめサイトやヤフコメのホモフォビア剥き出しの書き込みをわざわざ自分から漁りにいってた。
「私の周りの人たちは優しいように見えるけど、本当は偏見も持ってるし差別してるはず、みんなの"ホンネ"に刮目しなければ、普段から慣れておかなければ、いつか急なショックでつぶれてしまう」と思ってた。



そういう社会で同性と恋愛していた。
彼女は味方ではなかった。私は孤独に戦っていた。
高校卒業と同時期に、「きみのモラハラに疲れた」と私から振った。
別れに男が絡んでこなくて心底安堵した。

次は穏やかな恋愛がしたいと思った。
二人くらい男の子から声をかけられて、特に恋愛感情は湧いてこなかったけど、そういう感じになった。
別にこのときは「ヘテロセクシズムに屈服した」だなんて思わなかった。ただの恋愛だ。泣きたくなるほど平凡な。

その後全然関係ないことで私が大学行けなくなって恋愛どころではなくなり、男の子とも疎遠になった。
それからここ数年は自分のことで手がいっぱいで、セクマイに関心は持ちつつ差別に反発しつつ元カノのことはあまり考えなくなった。
ただ、漫画やアニメを見ていて、同性同士の絆のなかに異性が乱入すると心が掻き乱れ、異性を踏み台にして同性同士がくっつく展開になると滂沱の涙が溢れて癒しを感じるようになった。
なんでこんなに? って自分に引いてた。


やっと自分のことが一段落して落ち着いた頃、言い寄ってきた男を好きになれないなと思って振った。
ほどなくバイの女の子に惹かれた。少し恋愛感情に手を出してみる。久しぶりの感覚に、高揚を覚えたのも束の間。

「抑圧」「世間」「男」「親」「子供」「将来」「嫉妬」「すれ違い」

無理だ!!!!!

びっくりした縛られていたことにびっくりした。心の襞にびしばし触れる。掻き乱される。この恋愛感情を他人に預けると死ぬ。また男の存在とか将来の不確かさとかそういうものに振り回される。
手を繋いでも恋人と思われないかもしれない。親に結婚の話をされながらカムできないままかもしれない。ヘテロセクシズムと戦い続けなければならなくなる。死ぬ。
その子がホモフォビアを内面化していないことは知っていた。元カノほどひどい人間はそういないともわかっていた。でも元カノが社会が私に残した傷は深かった。
そんなものに抗えるスタミナはもう残ってない。ただでさえ恋愛は疲れる。



だから男を選んだ。
人前で手を繋ぎたかった。可視化されたかった。いないことにされたくなかった。戦わずして波にのまれたかった。
違う、それだけの理由で選んだわけではない、私は雑念的感情に振り回されて言いたいことを言えなくなる恋愛よりも人として信頼できる人と契約するパートナーシップがほしかった、この人ならそれが手に入ると思った、だから選んだ。
その彼氏っていうのが10年友達やってきたひとなのもひとつのトピックなんですが。


別に恋愛感情から始まらないパートナーシップそのものが悪いと思ってるわけではない。
いずれ恋愛感情になれるだろうともわかってる。感情を偽って自分を押し殺しているわけでもない。

それでも、私は私にがっかりした。
「結局バイは男に逃げる」
「あれだけ安易な異性愛を批判し難儀な同性愛に執着しといててめえも所詮は異性かよ」
そんな声が聞こえる。
単に言い寄ってきた男に流されるならここまで複雑な気持ちにはならなかったはずだ。
好意を示してきた男を振って、恋愛感情を持てる女にいこうとしたけど踏み込むのをやめ、恋愛感情なく人としてのみ好きだった男に自分から契約を迫り異性愛を選択した。
これが私を後ろ暗くさせた。



今私が男と付き合ったら「そうだよ! どうせ異性愛様なんだよ!!^^」って同性愛に砂をかけたい邪悪な気持ちが心を支配するんだと思ってた。
でも違った。
悔しい。今は悔しい。負けてしまった。戦っていた私は死んでしまった。
女と恋愛することから逃げた。私は男に逃げた。異性愛というマジョリティー特権を手に入れた。
悔しい。
元カノに問いたい。これで満足ですか。あなたが懇切丁寧に同性愛を否定し異性愛を推し勧めたおかげで私は男を選んだよ。あなたの理想どおりマジョリティー様に迎合したよ。今何してますか。知りたくもない。

この先二度と女となんか恋愛するまい。もうあんな思いはしたくない。心に誓う。
今書いたのは全部、私の戦いへの弔文です。
健闘しました。負けました。だから私を弔いましょう。

せめてこれで終わらない。私はこれからも負けつづけ打ちのめされて、負けた自分を抱えつづけていきましょう。かつて女を愛した私を懐古に包んで美化しません。良い経験だったなんて口が裂けても言うものか。女同士は男に愛されるための一過性の練習台だと言う奴は殺してやる。
私は女が好きな女である。削り取られたくない。私は断じて異性愛者じゃない。男よりも女のほうが好きだ。無性や不定性の人を性別に当てはめず好きになることができないだろうポリセクシャルだ。
忘れたくない。私の恋心を、ただ女として女を好きでいたかっただけの心を、もし戦う必要がなかったら女と寄り添っていたかもしれない私という存在を、マジョリティー色に塗り潰されたくない。
私の戦いへの、せめてもの慰めです。
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