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記録

元カノのこと

恨みが募るので元カノのプライバシーとか一切気にしませんよ。
だらだらぶつぶつと恨み言をたれながすだけ。元カノがいつか読むことがあるのならという妄想をする。

元カノのことは恨みはしても呪いたいとかそういうのはなくて、延々憎しみを言語化してまきちらかしている現在のことも呪っているというのなら話は別だけど、それを言っちゃあ私はすでに元カノに呪われているのでこちらが呪ってなおおつりがくるわ、ただ、あなたは私がこんなにあなたを恨んでいることをひとかけらも想像していないでしょうね、単に甘くて楽しかった思い出として消化しているのかもしれませんね、それが悔しい。
恨んでいると知らせてやりたい。
会いたくないけど。




ずっと元カノへの恨み言をパートナー氏に吐き出しているので、「なんか楽しい思い出はなかったの?」って言われたんだけど驚くほどなんも浮かんでこない。
当時は楽しかったと思う。
一日中一緒にいて全然飽きなくて話は弾むことしかなくて彼女は人の話を引き出すのがうまいから話題を深められてたしときたま奇跡の洒落が生まれては笑いころげて私の最寄り駅のごはんやさんはだいたい回ったしときどき機嫌のいいときは彼女も街中で触れることを許してくれたから肩が触れ脚が触れる特別感にはドキドキしたし女同士なので親の目を気にする必要なく家に泊めることもできたしなにより好きな人と一緒にいた。

でもいつ殺されるかわからない生活のどこが楽しいのか。
いまならわかる。私は殺されたくないあまりゴミにしがみついていた。



彼女が学校帰りうちに来る約束をした日、電車で別の友達と合流した。
なにくわぬ顔で3人で喋ってたけど、彼女は私の最寄り駅で降りるようすも見せず「また明日」と別れを告げた。
がっかりしてたら彼女から連絡がきた。「今から折り返して行くね」

「だってあの子鋭いじゃん。気づいてるかもしれないし。これ以上疑われるようなことできないでしょ」

そのとき私は彼女が面倒くさがらずに折り返してまで会いにきてくれるんだ、ということが嬉しかった。
けどいま振り返って思う、なんでそこまでして細心の注意を払わねばならなかったんだろう?



放課後はよくうちに来てたけどさすがに受験期は時間がなくて、触れあえないストレスがお互い溜まって、学校の誰も来ない教室を見つけて一緒に勉強しながら、たまに少しいちゃついてた。
ある日抱きあってるとき、ほんの少し開いた窓にちらりと人が見えて心臓がわしづかまれた。
おそらく学年も違う男だろう。知り合いでもない。
そのとき感じた「バレる」という恐怖は単に「学校で、誰もいない教室で、恋人とハグしてるのが見られる気恥ずかしさ」ではなかった。
絶対に隠しとおさなくてはならない、見られたら命の危険にさえも及ぶようなものが露見してしまうかもしれない。
「うちの学校にあの教室にレズがいた」と面白おかしく言いふらされるかもしれない。
あのとき抱いた、銃口を突きつけられたかのような絶体絶命の緊張感はいまでも忘れられない。


一緒に旅行行きたいねという話に花が咲いたことがあった。
ひとしきり盛り上がったあと、我に返った元カノは「親にどう説明すんの?」と渋りだした。
「別に友達と旅行に行く、でいいじゃん」と返したけど納得せず、結局計画はお流れになった。

マジョリティーであれ、と彼女に最初に刷り込んだのは親なんだろうなと見当はついていた。
親の期待に応えられないコンプレックスがあったようだし家には親のいないとき一度しか上がらせてもらえなかったし、よくマジョリティーのレールに乗った未来像の話をしていたし。結婚したら子供できたらとか。
当時は親や世間が大事なんだろう、いつか男のもとへ返さなくてはいけないんだろう、それは仕方ない、けど私にとっては悲しみだ、と思っていた。
親の話もまた地雷だったけど、別れてから「親はうちに結婚してほしいとか思ってないよ(だから安心してね復縁しよう)」と言われた。
あっそれいまだから言えることなんだ!? 付き合ってた当時に私を安心させる気はなかったんだ!? そこまで私たちは縛られてたんだ!!?
びっくりして終わった。


彼女は女によくモテた。
いかにも女にモテそうな外見ではなかったが、なぜか幼いころから女に熱烈な恋愛感情を向けられることがよくあったらしく、それでゲイダーを手にいれて、結果私にある日急に「レズでしょ、てか両刀でしょ」とけしかけてきたことが付き合うきっかけになった。
私から見るに元カノも男より女のほうが好きだったにちがいないから、女にモテるなんて需給の完全一致でしかなかったろうに、ホモフォビアを内面化しているばかりにそのモテを持ち腐らせていた。

そしてなんとクラスにはもうひとり元カノのことを好きな女の子がいた。共学40人クラスに女を好きな女が3人いたことは強調したい。私はセクマイをごくごく少数という意味の数字的マイノリティーだとはまったく実感してきてない。
元カノはその子について「完ビアンだろう」と推察していて、実際そう思って見てみるとその子は顔が本当に近い、耳にふっと息を吹きかけるようなちょっとぎりぎりないたずらをよくやる、目線が甘い。元カノへ向ける矢印はあからさまだった。
バレンタインにやるクラスの女子チョコ交換会で、その子は「好きー♡」「好きー♡」とふざけて一言添えながら女の子たちに渡して回っていた。元カノに渡すときだけ、「愛してるー♡」と言った。
あからさまではあったけど、あまりにもささやかすぎる健気さにいまは涙が出てくる。想いを告げる勇気はその子になかったんだろうな。まあそいつと付き合っても社会に殺されるだけだけど。

私はハグ魔だからよく女の子にスキンシップをしていたけど、その子とするハグがいちばん好きだった。
その子はかわいかったし、お互いに「うおお女ーー!!!! 愛しい女よ愛した女よねえ私を愛しておくれよかなしいわ」という切実さをもって深く抱き合えるような共有感があったのだ。(ひとつ弁解しておくと、私は修学旅行や合宿のときみんなと一緒に風呂は入ってない。誰彼構わず欲情はしないけど漠然とした罪悪感はあった)
当時は三角関係という点でその子にカミングアウトできなかったけど、いまちらと再会したいなと思っても、私は男に逃げた身だ。逃げることさえできない人に合わせる顔は持ってない。
レズビアン系のオフ会やイベントにももう行けないなあと思うと悲しい。



元カノの話に戻る。
元カノはたいていの人間をつまらないと思っていてさらに飽き性で、二年半も同じ人間を好きでいること自体珍しかった。
感情の抑制ができないというか怒りを発露することを悪いことだとはまったく思ってなくて、自分の怒りはすべて正当だと思い、よく自分をいらつかせる人をつくっては面と向かってキレていた。
私はキレる彼女の存在に麻痺していたのと、急にキレだす彼女への対処の仕方がわからなかったのと、彼女が知らないところで勝手に怒りを発露させていたりしたのとで、元カノを制御することができなかった。
なんだかんだ私もその数人の友人たちより元カノのことが好きだったから彼女を優先したいと思ったし、まあ彼女が誰かを嫌いでも私は私でその子らと仲良くしてればいいか、と思ってたけど、そうは言っても私のそばには元カノがいるのでその子たちに近づく機会もなくなっていき結局疎遠になった。
でもひとりだけなんとしても手放したくない友達がいたので彼女とは元カノの見えないところで会っていた。
あとでバレて「なんで隠すの」と怒られたけど隠さなかったら隠さなかったで「なんで会うの」って怒って束縛するじゃないか自分が束縛してるとも思わずに……。
そういえばそのころ現パートナー氏とよく友達としてメールのやりとりしたりふたりで会ったりしてたけどこれだけは絶対バレてはならないと思って隠しとおしたな。「男と付き合うべき」といじけられて殺されるだけだ。
そういうことについて私は「彼女の嫌がることをやる」という点で見れば不誠実であり浮気だったのだろうけど、建設的な話し合いができない関係では隠すことが最善になっていた。
結局、手放したくなかった友達とは条件つきで婚約をしてるくらいいまも密な交流があるし、パートナー氏についてはまさにいまこの人でなければきっと私は元カノの毒牙で男に逃げた自分を自分で呪い殺し女も男も選べなくなっていたかもしれないので、恋愛という病気のために自分の意思を曲げずにいて本当によかった。
元カノは人当たりはよかったけど本当に自分のテリトリーに入らせてもいい人間を私以外につくらなかったので、その場限りでない関係をいま誰かと構築できているかどうかは知らない。


ばかばかしい揉め事はよくあった。二ヶ月に一度は険悪になっていた。
あまりにしょうもなくて覚えているのは「ファンタガルボ事件」。
私の買った500mlファンタに彼女がふざけてガルボを押し込んで入れた。
彼女は笑ってもらえると思ったんだろうけど私は「本当にやめて」と少し怒気を見せ、予想外の反応だったのか今度は彼女が不機嫌になった。
口もろくにきいてもらえず、なぜか私が機嫌を直そうと気を遣い謝ったりして、険悪な空気のまま帰宅。
「お前は怒らないよね、気を遣わなくていいから楽」と彼女はよく言っていたけど、きみが怒らせてもくれなかったんだよ。知らなかったのね。


元カノは基本的に人間を好きじゃなかったけど、ときどき「面白いなこいつ」と思った人と気まぐれに一気に距離を縮めることがあった。
とある女の子といつのまにか仲良くなっていたとき私は嫉妬した。
彼女はすぐに気づき、「(私)が嫉妬するからもううちに近づかないで」とその子に話したらしい。
え、中学生かよ……恋人だから嫉妬しているだけだとなら話してもいいけど、私、友達の友情関係にまで口出ししたがる幼稚な人物像だと設定されたのかよ……。
当然その子は「なんで制限されなきゃいけないんだ?」と思ったのでしょう、元カノに近づかなくなるなんてことはなかった。
私は、その子と元カノが仲良くすることに苛立っていたのではない。束縛も口出しもまったくしたくない。私のいないところで仲良くするのはどうでもいいしその子自身のことは好きだった。
そうじゃなくて、私が嫉妬すると知りながら私の目の前でその子とスキンシップ含めていちゃいちゃする、その光景を見ていたくなくて離れて外で待っていたら平気で何十分も私を待たせる、そして私と険悪なときにはわざと連れていたはずの私を放り出し、その子と連れ立ち私に当てこすってくる、彼女のことにどうしようもなくムカついていたのだ。
彼女の歪んだ伝え方のせいで私はその子に対して「あなたのこと嫌いじゃないよ、むしろ好きだよ!」とアピールしなければいけなくなった。余計な軋轢なんか生みたくない。
そういう努力のためと、あと、私も子供だったので「すぐに人と密接な関係をつくれる元カノの人柄」に嫉妬して自分も彼女みたいになれることを証明したくてその子と距離を縮めようとしていたら、元カノに「なんでお前まで仲良くしようとしてるの、うちへの当てつけ?」と言われ首を絞められた。
麻痺していた私はこのとき「そんな脅しに負けるかよ」としか思わなかった。
別れた日に「うち、ここ1年は○○とは関わらないようにしてたよ」と言われたときはくらくらした。
なにも伝わってなかったし、なにも伝えられなかったし、こんなにまで意思疏通のままならない関係だったんだと、そのときやっと気がつくことになる。


卒業のとき元カノと別の友達と4人で遊んだんだけど、途中彼女が完全に自分のミスで些細な失敗をしたのに笑って流せず不機嫌になった。
そこからずっと場の空気が悪くて、沈黙が支配するなかずるずる解散した。
私はいたたまれなくて友達に「ごめんね」と謝っていたけど「なんであなたが謝るの」と不思議がられてしまった。ほんとにな。でも私が甘やかしつづけてたからさ。
後日そのうちの1人に会ったら、「もうあの子に会いたくない冷めた」と打ち明けられた。
「あ、そんなあっさり切り捨てていいんだ、切り捨てられるんだ」と目の覚めるような思いがした。もう別れてたけど。



元カノを振ったというか、正確に言えばその二ヶ月ほど前、まさに入試が始まる直前に「別れよう」と言われていた。
私は傷ついたというよりも、このときはもう、なんでいまなんだ、という苛立ちしか残らなかった。
そのため消化ははやく、「卒業するしもういっか、今度こそ振り回されなくて済むんだ」と清々しながら試験に追われて元カノのことは早くも過去になりつつあった。
しかし試験が終わり久々に学校で会った彼女はまた、気のあるそぶりを見せた。呆れることにも、自分がそれでもまだ彼女を好きでいることにも疲れた。
卒業式の日、卒アルを交換して互いにメッセージを書いた。ちょっともういま卒アル開きたくないんだけど隣で少し涙を拭いながら書く元カノを見て、「なんでこの人に泣く権利があるんだろう」とぼんやり思った。


あえて振られた二ヶ月後を「別れた日」と言うのは、初めて私からぶちまけて振った日だからだ。
たわいない話をしたあと彼女は「今度○○と○○くん(男女カップル)がディズニー行くんだって、うちらも行こうか?」という話をふっかけてきた。
長く付き合ってもう知ってる、これが元カノの復縁の方法だ。「傷つけてごめんねやっぱりよりを戻したい」となんか絶対言わない不誠実さだ。
「なんで?」「無理」と返したのが私の最初で最後の反乱だった。


二ヶ月前に私を振った理由はなんだったの、と聞いたら「うち依存しすぎてるからこのままじゃやばいと思って」。
私が失恋のせいで試験に失敗したらどう責任を取るつもりだったんだろうな?
人が傷つくことがわからない。人の痛みが見えない。自分のことしか考えてない。
唯一私のことを考えているんだろうな、と思ったことは全部、「男と付き合うべきこの人を自分が縛っていていいんだろうか」という旨の話だった。目の前に存在する私の意思を慮ろうとしてくれたことはなかった。


別れ話をしているあいだ彼女はしきりに「友達になりたい」と懇願した。
「恋愛感情と友情はどう違うのか」と悩んでいた元カノ。
別に恋愛と友情の定義は人それぞれだから悩むことには文句はない。
しかし元カノの悩みは「女同士に恋愛感情は存在しない」から出発している。論外。私に言えることはない。

そういう彼女の「友達になりたい」は、だから、「最悪恋愛は切り捨てても問題ない、むしろ同性愛に悩む必要がなくなって都合がいい。自分の都合のいい状況をつくりたい」という願望だ。

彼女にとって私は都合のいい存在だった。
「スクールカースト的に"ふつう"から逸脱しないため彼女の見下し対象でない存在でありながら、退屈で(彼女の思う)大衆的でもない、会話が弾んで相性もいい、どこか甘い空気感を保った距離でそばにいて、自分が勝手にキレてもわめいても許してくれるから気を遣わなくていい」。

そんな都合のいい人間がなんで友達でいてくれると思ってたんだろう。
恋という病気にかかってなければ恋愛という見返りを求めなければ私はとっくに離れていたよ。
彼女に都合いい、「同性愛として恋人契約関係にならないけど、たえず甘い空気をつくりだせる、なにをしても怒らずそばにいてくれる人間」はどこにもいない。
そんなことも知らないで恋愛と友情のちがいなんか考える資格ないからな。



別れ話の最中、こないだ4人で遊んだ友達に迷惑をかけたこと謝りなよと言ったらすぐさま友達に電話をかけて、「今度また4人で遊ぼうね!」と言った。
「なに勝手に決めてんの」と言ったら「遊べるって思ってるから」と。
私の二度と会いたくない気持ちなど考えもせず自分のためだけに外堀を埋めようと必死な彼女が滑稽すぎたけどいまさらそんなこと程度で冷めることができないほどメンタルは強くなってた。無駄すぎる。


それでも、実は、この約6時間かけて別れ話をしたあと何度か会っている。
というか二日後くらいにまず会った。
会話は彼女が提供してくれるので私はなんの説明もせずただ笑ってやり過ごした。

自分の行動は自分でも謎だったけど最近わかった。彼女にさんざん振り回されてきた復讐のためだ。
振っておきながら翌日にはもう気のあるような態度を見せることを彼女はよくやっていた。(私を好きなのに振っていたからそうなってたのだといまならわかる)
私も同じことをして彼女を振り回し復讐がしたかったのだ。

何度めかに会ったとき、誰もいない家に招いた。
しばらくただ話をしていたけど、勢いつけて彼女は抱きついてきた。
やっぱり友達じゃだめなんじゃん、と思った。
恋愛がしたかったんじゃん。私のこと好きで触れたかったんじゃん。純粋に恋愛と友情のちがいに悩んでいたんじゃなくて異常であるところの同性愛をしたくなかっただけじゃん。なのに恋愛対象を前にしてまでストイックに貫ける信念でもなんでもなかったんじゃん。
なんでそんなものに、そんな程度の権力に、殺されなければならなかったんだろう。
むなしい。
やがて復讐にも飽きて自分もよりを戻そうかどうかとは悩まなくなって連絡を断ったけど、結局振ってから最低でも1年くらいは元カノは私のこと引きずっていたらしい。むなしいな。



なんかいまはなにを見てもなにを読んでもなにをしても泣いてる。
私は女を愛せない。
「いいじゃない、いまからでも愛せば」と言われたら私は怒ろう私のために。
これを書いてて、本当にゴミにしがみついてたんだな、と再認識した。ばかだなあ。ばかだったことに気づかなかったなあ。
元カノに振り回されることに疲れて、告白してきた男と付き合おうかなーと気持ちが揺らいだことはあったけど、「でもそうしたら元カノと二度と友達になれないんだ」と思ってやめた。右へも左へもいけなかった束縛感にぞっとする。
恨んでるってなんらかの形で知ってくれないかなあ。私が浮かばれないなあ。
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未分類

引越し

色々あってこちらに引っ越してきました。
元々使ってないのが放置してあったので新しくアカウント取得する必要はなかったのがまあよかった。

たぶんほとんど更新しないけど、いやもしかしたら怨念を吐く場所として縋ることになるかもしれないけど、あけましておめでとうございます。
今のところ同性愛とか異性愛とか社会とか日常とかライブレポとかについて書く予定です。

記録

異性愛社会が怖い(経過記録)

夢を見た。
父と父の友人が出てきた。二人とも私にとって安心できる存在だ。
しかし夢の中で二人は私を殺す計画を立てていた。正確には殺そうとしていたわけではなく、別の殺人計画を実行するために致し方なしに私を殺さねばならない状況になったのだ。
私は手にかけられそうになり、とてつもない恐怖を味わったがしかし、計画は頓挫し助かった。
それからは父も友人もいつも通り優しく接してくれた。
けれど私はあの恐怖が拭えずにいた。二人してまた私を殺そうとしてくるのではないか。なにかあったらすぐに私を殺せるだけの用意があるのではないか。
不信感が募り年月が過ぎた頃、私は二人の前で泣いてその恐怖をぶちまけた。怖かった、まだ怖い、と。
しかし二人は私の訴えにまるで無関心な様子で、号泣する私を何も言わず無表情にただ眺めていた。



そこで目が覚めた。

元カノの夢だと思った。
元カノが、私をその意図なく殺そうとして、私は恐怖に脅かされながらその後付き合いつづけていたのに、元カノはその重みをまるで理解しなかった。そういう夢だ。
私にとって「同性愛は存在してはいけなくて正しく異性と恋愛すべき」という、元カノのひいては社会権力の思想は、存在を殺されるに等しいことだったのだ。
夢の中での父=権力の象徴としてのマジョリティー社会、父の友人=それに服従する元カノと解釈できるだろうか、と思った。
昔元カノの目の前で発作的に狂乱したことがある。「異性と恋愛すべき」という差別規範によって私たちの関係が紛い物と思い込まれること、壊されること、屈すること、その終焉が怖くて怖くて何を発声してるかもわからずただ発狂したことがある。元カノは呆然と眺めていた。
これは元カノの夢だ。寝る前に『ユーリ!!! on ICE』の全話感想を泣きながらつづっていたので間違いない。

ユーリの7話で号泣したとき、私はもうだめだと自覚した。
最近この手のものに弱すぎる。
同性愛を肯定してくれる価値観に弱すぎる。
先日もBL漫画を読んでいてぼろっと泣いた。↓ただこれだけの台詞に。


可愛い先輩の飼い殺し方 
(『可愛い先輩の飼い殺し方』市梨きみ p161)

だって元カノは隠さなければならないと厳しく私と自己を律したのだ。
ただ「同性愛は異常だから」という一点の理由で。「ドン引きされるだけだから」。



二度と女を恋愛対象とすることができなくなり、せめてこの弱さを薄めるだけの安定がほしくて男と付き合うことにした。
少しは気が晴れるかなと思ったら今度は「社会の弾圧に屈した自分」が悔しくてのたうち回ることになった。それで書いたのが前回の記事だ。

私はもう存在するだけで社会への抵抗になってしまうような関係を構築することができない。抵抗できる余力は残っていない。好きと言われて「他に好きな男がいるって意味?」とか「友達としてってことなのかな?」とか「この関係いつまで続くのかな?」とか常に不安でいたくない。
しかし百合漫画を読んだらもう女を愛せない自分が悲しくなって泣きそうになった。
王道恋愛少女漫画を読んだら異性愛のあまりのマジョリティー特権ぶりに打ちのめされた。
だめだ。 

「同性への友情と恋愛感情があやふやになる思春期に同性と親密すぎる関係になって、成長したら勘違いの関係を終了させ健全に本番の異性愛を迎える」
私の戦いがこの呪いに回収されてしまうことが悔しくてならなかった。
私は女が好きなのに。女を好きでいたかったのに。ヘテロセクシズムのせいでホモフォビアのせいでお前らがファッションレズとか勝手に認定してくるせいであんまり同性愛を無化しようと弾圧してくるせいでなんで私がそんな強者に都合のいいクソみたいな呪いをかけられなきゃならないんだ。


セクマイ系が多めの飲みに行ったら、「えっゲイなんだ? タチ? ネコ?」「女装しても本物の女には勝負で勝てないよね」と言い募る人がいた。

接客業の職場で、かわいくて気遣いやさんで始終笑顔の気持ちいい女性客がいるなーと目の保養にしてたら、その人が連れとの会話の中で成宮寛貴氏のことをネタにした。

「ゲイの友達ひとりはほしいですよね~」と悪意なく発言する人の声が聞こえた。

とらのあながカテゴリー分けに「BL・百合」の他に「ホモ・レズ」という表記を使った。
企業が公然とそれをすることの意味を丁寧に説明した抗議メールを送ったら「差別用語だとわかっていてもその検索ワードを使う人が多いので商業上の理由でやめない」(意訳)と返信がきた。倫理ってなんだろうな。


すべてここ3ヶ月の出来事だ。
そんな社会に私は住んでる。
絶望するまでもない。とうの昔に痛みは麻痺した。ただこの社会は私の理想にほど遠い、そういう事実があるだけだ。




元カノのことが完膚なきまでにトラウマであると判明してから、友人数人にそれを打ち明けた。
「男女であるべきでしょ」と吐き捨てられたことが今も深い傷を残してるんだよね。同性愛は存在しないと思い込まれていたんだよね。訥々とそういう話をした。

しかし、なんだか今ひとつ伝わってないな、と感じることが多かった。私のこの傷が、そっくりそのままの重さで共有されてないな、「紛い物ですよ」のくだりを話すべきだったか?、なんだろうな。
例えば「それはさ、たとえ男女の恋愛だったとしてもひどいよね」と言われたり。
例えば「新しい恋愛をすればそっちで発生する不安にかかりつけることでそのトラウマはなくなるんじゃない?」と言われたり。
「えーっ、そこで異性愛が憎いとまで思っちゃうの?」「あー、なんでもそこ(異性愛規範への恐怖)に帰結しちゃうんだね」と言われたり。私がとてもひどい事例だと思って話してるのにいまいち反応が薄かったり。
それは話し相手本人がセクマイである場合でもマイノリティー差別に関心が高い人の場合でも同様で、なんで伝わらないんだろうと不思議だった。

5人めに「やっぱり伝わってないなあ」と首をひねったとき、やっと腹から理解した。
同性愛が社会に無化されるヘテロセクシズムの恐怖の手触りは、言葉を尽くしただけでは基本的に「わかってもらえない」。
「男女であるべきでしょ」の呪いも「所詮紛い物ですよ」の呪縛も「友達として好きだよ」の煮え湯も全部、日々社会権力がどれほど同性愛を殺そうとしてくるかリアルな恐怖として実感しなければわからない。これらの言葉に込められた意味やその背景は、文字面だけでは伝わらない。

元カノが勝手に個人的に同性愛がおかしいと思い込んだわけじゃない。
社会が丁寧に「同性愛は存在しない紛い物だ」「異性愛をしなければならない」「マジョリティーが絶対的に正しい」と彼女に刷り込んだから、その社会の末端で私と彼女の恋愛はまさに殺されんとしていたのだ。父たる社会の権力に。



「不快な思い」とは何か 日本マクドナルドの対応から考えるメディアと差別の関係

http://mess-y.com/archives/38917

>メディアのコンテンツが度々批判を浴びるのは、単にそのコンテンツ自体が不快であるとか、それを見て傷つく人がいるとか、そういう理由ではない。メディアが差別のシステムの重要な役割を担っているからなのだ。

マサキチトセさんのこの言葉は実に明快で慧眼。
元カノを洗脳し、女が好きである私を殺し、私たちを束縛し苦しめた差別思想は、例えばこういう形で社会に日々精力的にばらまかれつづけている。今も。

私の恐怖は個人の問題に還元されない。社会が同性愛を否定しなければ私たちの恋愛も問題なく運営されていたはずだ。
だから社会が怖くて憎い。お前のせいだ。お前さえいなければ。
高校生の頃、私の理想の別れ方は「大学に入って互いの生活のすれ違い」だった。ありふれた恋愛のありふれた終わりを迎えるそれだけが望みだった。何度も言うけど異性愛をすべきだからという別れだけはなんとしても拒絶したかった。
それを個人の問題として矮小化されたり男女の恋愛と同様のものだと扱われたりするのは、この恐怖を知らないからなのだ。絶望するまでもなく歪んだ社会が機能している恐怖を実感していないからなのだ。


わからないでしょう、恋愛の話でもないときに友人相手に財布ほしいなーと他愛ない話をしたら「彼氏に買ってもらえば?」と返されたときの恐怖なんかわからないでしょう。
異性同士が恋愛をして当然とされ、同性同士に恋愛がなくて当然とされ、異性と恋人関係になった途端異性愛ロールに回収され単なる「男と女」の記号と認識され、私個人がほしいと言った財布すら「女が男に買ってもらう」なんて規範の内部に取り込まれ、たちまち規範にそぐわない「女を恋愛対象にする女」である私が削ぎ落とされる、この恐怖なんか。
社会がどれだけ異性愛規範を基準に動いて同性愛を排除するか。私がどれだけ女を愛したか。愛していながらどんな思いで殺され敗戦し逃げて諦めたか。
わかんないよね。



悔しいんだよ。
私は男になんか回収されたくないんだよ。

パートナー氏は、女がよかった女が好きだ異性愛が憎いマジョリティーが憎いと喚く私を受け入れてくれる。好きなだけ吐き出してくれと言ってくれる。
「なんでこんな簡単なことが、できなくて、許されなくて、隠さなければいけなかったんだろう」という話を、勝手なものさしで測ることなく、ただ聞いてくれる。


パートナー氏とクリスマスイブに東京の街を転々と歩き回ってきた。

私はずっと可視化されたくて、いないことにされたくなくて、思考タイムラグなく疑う余地なく世界に認識されたくて、戦ってなどいたくなくて、だからマジョリティーになりたいと思って24日に会う約束をした。

だけど見渡せばそこかしこに湧き出てくる異性カップル。見える背中の数々はマジョリティーの強者性など頭の隅にも浮かべたことのないように堂々としている。

中身はそうではないのかもしれない。異性愛に見えてもMtXとパンセクカップルなのかもしれない。けれどそんなこと外見からではわからないだからマジョリティー様だと思い込んでしまう。私もその風景のひとつを飾っているのだと思うと耐えられなくて自分のプレイしてる「男女カップル」像をなるべく思考から追いやった。

その風景の中に仲よさげな(恐らく)男性二人を見つけた。カップルだったらいいなと思った。それも私の勝手な押し付けでしかない。自分の嫌なレッテル貼りを彼らにしているだけだ。でもこの異性愛地獄トーキョーの中、存在するだけで社会への抵抗になってしまう関係をプレイしてたら私が救われる。手を繋ぎたいのに繋げていないのだとしたら悲しい。じろじろと不躾な視線を彼らに与えてしまうのだけは嫌で不自然にならないように目を逸らした。



削られることが怖かった。
女を好きでありたかった私が強大な「異性愛」の洪水に巻き込まれ足元を奪われることが怖かった。
私がマジョリティー特権を得てしまうと戦っていた私に申し訳が立たなくて後ろめたくなった。
私を削ってこない人がパートナーとして隣にいてくれるのがありがたくて、少しだけ落ち着いた。

削られたくない。削られた自分が可視化されてもなんの意味もない。もう二度とマジョリティーになりたいなんて言わないと誓った。


パートナーを作れると思ったのは、精神安定がほしくて、そのための信頼関係構築コストなら割けると思ったからだ。
付き合ってから次に会った日にパートナー契約内容確認会議をした。
まずモノアモリー関係だよね? という確認から。
浮気の定義を話し合うのは楽しかった。浮気相手像の性別如何で定義が変わったりしないことがありがたかった。まあ男となんか浮気したいとも思わないけど。


会議をしながら、「なんか『逃げるは恥だが役に立つ』みたいだな」と思ってた。
ドラマ版はまだ見てないけど、私が持ってる原作はセクマイ系のオフ会のくじ引きで貰ったものだった。連載初期から漫画読みのセクマイ界隈では話題だったね。
振り返ると「恋愛」という暗黙ルールに制約されるゲームで改めて契約内容確認会議をしようと思ったのは『逃げ恥』と『逃げ恥』を生み出した社会の空気を参考にしたからかもしれない。
私は、私たちは、どうしても社会の一員であり、意識的無意識的に社会の影響を受けて生きている。


私は女との「恋愛」を諦めたから男との「結婚」を見据えたとかそういうことではない。
そもそも結婚を視野に入れることのできるマジョリティー特権が今は憎くて仕方ない。

元カノを振ったとき「私はいつまでも私と付き合い続ける意思のない人と一緒にいてこれからいくつの出会いを無下にするんだろうって思ってた」と言ったら、「既にしてるよね……」と返されて、何百度めかの失望をした。
きみは女が男と付き合うべきだと思い込んでるから、私が男を拒んだことを「出会いの損失」としか呼べないんだろう。私は彼らに惹かれてるなどとは一言も言ってないのに。何度もきみを好きだと言ってきたのに。応えてくれるなら別れたくなんかなかったのに。
「じゃあ今度付き合う人は結婚前提ってこと?」と言われて、私の次の相手が男だと微塵も疑ってないのだなと思った。
私の言った「付き合い続ける」って一生を預けあう合意形成でもなければ公的行政契約関係でもない。今とここだけの刹那的関係だとおざなりに扱われないことだよ。
いっこも伝わらなかったな。

恋愛は諦めてない。というか元々単なる趣味のひとつだ。
ただ、社会に殺される心配のない恋愛というものにどう向き合っていいかわからない。私は敗者になってしまったから。
私がこの恋愛を趣味として謳歌するだけで社会への屈服を実感させられることになる。自分への後ろめたさが増幅する。あんなに戦ってきたのにね。悔しさを忘れたくないのにね。私は難なく異性愛を楽しんでしまえるんだね。
「女は遊びだから☆」「親に孫の顔見せたいから……」「いちいち会社や人に説明するのが社会的に命がけで面倒だから」「結婚して社会的ステータスを得たいから」「かわいそうな独身という視線にさらされるのが耐えられないから」「福利厚生の恩恵に与れないから」、異性愛をしろと世間が言うからという理由で別れる可能性を考えなくていい異性愛の圧倒的強者ぶりを前に呆然とする。


また別の夢を見た。今度は直接的でわかりやすい。
小学校の昇降口だった。そこでは下駄箱を挟んだ両側に出口が設けられており、一方の出口に見知らぬ好みの美少女が、もう一方に10年ほど前付き合っていた彼氏が座っていた。
私は少女に強く惹かれて声をかけたいと思うのだが、躊躇しているうちに少女はさっさと外へ去ってしまった。眩しい日差しにきらめく少女を私は未練がましく見送るのだった。
元彼は「強く恋しく思ったことのある男」という意味合いでたまに夢に出てくる。そんな男の存在を思い出すには10年も遡らなければならない。その間に惹かれた女は4、5人いる。夢に彼を引っ張り出さなきゃならなかったのは、自分好みの男など作り上げることもできないほど男に興味がないからだろう。
そして夢の中で彼に振り返って、そちらに行こうと思ったけれど、迷って立ち竦んだまま目が覚めた。

私は女を追いかけない。追いかけられない。彼女たちは去ってしまった。
もうひとつの出口はある。私は男の手を取れる。きっとただ迷ってるだけ。所詮はお前も異性愛を選ぶんじゃないかと自責の念が重たいだけ。私は負けた私を正しく弔う方法をまだ知らないだけだ。
そういえば中学3年生のとき「高校入ったら彼女がほしいなあ」と思っていたら、夢の中でとびきりかわいい彼女ができたことがあったな。花岡さんという人で、まあ高校の新入生名簿貰って真っ先に調べたもののそんな名前の人ついぞ会わなかったけど、社会や男に目もくれず私のことだけ見ていてくれる、髪が長くて背の小さな愛しい女の子だった。

もう少しだけ悲しませてほしい。限りなくいとおしかった彼女たちの後ろ姿をぼんやり眺めて感傷させてほしい。いつか立ち直れるから、立ち直れてしまう自分を社会への屈服と捉えることを許してほしい。

今は戦っていた自分への未練を思って事あるごとにあふれる涙に安堵している。
悔しさだけ残して後ろめたさを忘れる方法が知りたい。

記録

彼氏ができました(追悼文)

男を選んだ自分を納得させるために、「まあ人生のなかで一回くらい女と付き合ってみるのもいい経験だったよ」と、思いかけたところで悔しさに過呼吸を起こした。
所詮女同士は一過性なんだよ!!私はもう二度と女を選べないんだよ!!女だからな!!!!
悔しい。悔しい。開けた女になんかなってやらない。負けた自分が悔しい。屈した自分が悔しい。
男なら誰でもよかったわけではもちろんない。いくつかの理由のうちのひとつでしかない。でももし彼が女だったら絶対選んでない。
同性愛なんてつらい。もうあんな思いは絶対したくない。できない。社会の抑圧に対する無力感を全身で感じながら「女同士が一過性だなんていうヘテロセクシズム、ミソジニー、ふざけんじゃねえ私が証明してやる!!」とかなんとか折れないように立っていたくない。

少し蓋を開けただけでトラウマが甦ったのだ。
私は別れの理由が「女だから。閉塞たる思春期の高校生活が終わったから」になることが怖かった。社会に屈することが一番怖かった。
女子校じゃなくて共学の中の恋愛だったから。男から好かれようが私が好きなのは彼女だからと女を選択しつづけたから。その事実に安堵していた。"それでも"私は女を選んだから。私は機会的ではない、女を選びたかったから選んだのだと。思春期一過性、そんなちゃちな一時の感情と無化されることに耐えられなかった。
戦っていたんだ。私の矜持だった。彼女がどんなに女同士に恋愛があるわけないと思い込んでいても、ちがうね思い込んでいたからこそいっそう、私は一人で戦っていた。

敗北しました。
マジョリティーになりたかったです。憧れでした。戦わなくても容易に可視化される世界に生きたかったの。一緒にいるだけですぐに恋人だと想定してもらえる世界に生きたかったの。
悔しい。今やっと、心から、敗北した事実を認めます。
ごめんね。さよならね。戦っていた自分さよなら。ごめん。本当にごめん。



上記、コピペ。
負けたから、負けたなりに、私の戦いを悼んでおこうと思う。
久しぶりに私生活のたぐいをブログに書きます……。考察ブログ分けといてよかった。でもこのへんの話は当時ほとんど書いてなかったんだよなあ。なんでだろうと思ったけどこんなにつらかったことに気づいたのもここ1年のことですしね……。



戦っていた私へ。謹んでお悔やみ申し上げます。

二年半付き合った高校時代の彼女はホモフォビアを骨の髄まで内面化した人間だった。
マジョリティー=正しい、マイノリティーは問答無用で間違っている。そう思い込んでいた。
そんな私たちの恋愛は得体の知れない「世間」に、「男」に、ずっと縛られていた。

異性愛が正しい。同性間に恋愛なんてあるわけない。だから私たちの関係は恋愛ではない。自分の持つのは恋愛感情ではない。
彼女はずっとそう思っていたのだ。


ある日私が男にメールアドレスを聞かれた。
それを彼女に恐る恐る報告したら、席を立たれた。すぐに電話がきた。


「男にモテたいー羨ましいー」
「今? 恋愛してないよ」
「(男女以外のものは)恋愛じゃない」
「友達として、好きだよ」
「逆になんで女にも恋愛できるの?」
「いや重要でしょ、男と女であるべきでしょ」
「(私のこと好きって、付き合うって何度も言ったじゃん)いやうちはずっと友達としてとしか言ってないし」
「(私への気持ちは恋愛感情じゃなかったの?)それが今もわかんないんだよね……まあ、紛い物ですよ」
「とにかく、もううちへの愛情はいらないから。そういう目向けないで」
「友達に戻ろう」
「人に言えないじゃん、何も」
「はあ? お前バカ? 言えるわけないじゃん。そんなことしたら終わる。今まじで呆れた」


翌日登校したら、「ごめん、昨日の忘れて! ずっと考えてたことが爆発しちゃっただけだから」とかるーく流されて、終わった。
私は彼女が「ごめん」とか言えるんだ、と思ってびっくりしてたら怒れないまま感情の置き所がわからなくなってしまった。
なにも言えないままその後一年以上付き合い続けた。



彼女に、それは内面化ホモフォビアでしかないと、そこにいても苦しいだけだと、異性愛至上主義なんて私は大嫌いだと、言い続けていた。
けれど彼女にとって正しいのはマジョリティーのみなので、マイノリティーに過ぎない私の意見はすべて取るに足らない戯れ言なのだった。だから彼女もひとりで悩み続けた。私の介入する隙は一切なかった。
私はその男に対して、「彼女の目があるところでアプローチや告白の呼び出し等してきませんように」とばかり思っていた。
告白されてからは彼女にタイミングを慎重にはかってはっきり報告したのに数ヶ月後「(別の友人)からさっき初めて聞いたよ。どれだけショックだったかわかる?」と言われて脱力した。


私のことを好きだという男が、彼女に恋愛相談をしたこともあった。

私からしたら急に彼女に無視されはじめて、嫌われたのかと落ち込んでたらここ数日やたら話しかけてくる男が現れたなって感じだった。
あとから判明したことに、彼女が男の告白をお膳立てするためにセッティングしたのだそうだ。

「○○くん、(男だからお前と付き合えるはずなのに)かわいそうだなって……」

私の気持ちは丸無視か? きみを好きだって言って他の人になびく気もない私の気持ちはかわいそうじゃないのか?
そんなにも同性愛は蔑ろにされるべきものなのか?
それからしばらく経って、私を無視していたその間彼女が知らないところで泣いていたことを知った。



付き合ってから三ヶ月経ったくらいに、「他に好きな男子がいる」と告白されたこともあった。
でもその後別に特になにかがあるわけでもなく、たぶんこれも「異性と恋愛すべき」だと思ってたからだろうなあ。

自分に子供ができたらという話をナチュラルにしてきたと思えば私が子供の話をすると黙りこんで不機嫌になる。
「ビアンカップルで子供育ててる人もいるよ?」とか切り出せば「は? 無理でしょ」って席立って帰る。
その手の話は地雷になった。

「友達としか思えない」と言われ何度か(2、3回?)振られたけどこれは前述どおり同性間に恋愛がないと思い込んでいたための葛藤でしかなく、時間が経てば謝罪も契約回復の言葉もなしに復縁。

そんなことがあるたびに大騒ぎで振り回され理不尽なヘテロノーマティビティーに付き合わされなくちゃいけない。
事を荒立てて彼女の機嫌を損ねたくなかったので私は怒れずになんでも許した。
セクシャリティ関連でなくても揉め事は多発してたけど、喧嘩をしようとしても彼女はただ不機嫌になって黙したままか凝り固まった自分の言い分のみ当たり散らすかどちらかで私の話に耳を貸した試しがなく譲歩案はすべて棄却され、建設的な話し合いができたことは一度もなかった。



親が大事。世間が大事。いつか蜜月は去ってしまう。
思春期一過性(笑)恋愛と友情の混同(笑)儚いからこそ美しい百合(笑)
そんな異性愛規範に決めつけられたくない。私だって悩んでこれは生来の指向だとアイデンティティ確立してきたのに。彼女だってどう見ても私に恋をしていたのに。
彼女はずっと自分をヘテロ自認だと言い張ってきたけど別れてから「実は前からバイだった」とのたまった。私の不安はなんだったのか。

彼女のことは好きかつ嫌いだった。好きでも別に嫌いだって大きくていいでしょうと思って、私は私の好きにのみ執着した。
上にも書いたけど、私が一番怖かったのは「女は男と付き合うべきで、異性愛は同性愛よりも重きを置くべきなので、男と付き合うことにしました、(あるいは)男と付き合ってください、別れよう」と結論づけられること。
私たちの恋に一微たりとも関係のない、社会のヘテロセクシズムの弾圧によって、私たちが壊されてしまうこと。

ヘテロセクシズムに絶対屈服したくなかった。異性愛を同性愛よりも優れていて正しくてあるべきものだなんて認めたくなかった。認めている彼女のことが許せなかった。
バイであることはゲイに疎まれる理由でしかないと思ってた。


外では手も繋げなかった。少しでも触れれば勢いよく振り払われた。
二人だけで一緒にいたいと思ったときも、友達同士だとしか思われてないので、他の女の子たちが次々に周囲に集まってきた。
可視化されない。いないことにされてる。いないことにしてる。

私だって友達に彼女との関係を言いたかったよ。受け入れてくれそうな友達だってたくさんいたよ。
それでも彼女は引かれるだけだと言っていた。なんで信じてくれないの。

「彼氏いる?」って言われて「彼氏"は"いないよ!」って返したり。
彼女とばかやって他の友達から「夫婦じゃん!w」ってからかわれて、彼女が「いやいや違うよー」と否定するなか私は絶対に否定するものかと曖昧に笑ったり。
それだけが私の精一杯の抵抗だった。
ただのネタ的なからかいなのに彼女はいちいち本気まじりで否定するからそのたび私の苛立ちは蓄積していく。



高校の違う親友にカムしたとき、「彼女できたのかー! 彼氏じゃなくてよかった。彼氏だったら取られたーって思っちゃう」と言われた。
「結婚するなら相手どんな男がいいかなー! スピーチするね!」って執拗に言われたこともある。
あとで聞いた。他意はなかったらしい。でしょうね。

バイト先の同僚には「彼氏がいる」という体で話をしてきた。
でもある日話に無理が出て、加えて私自身可視化されたかったので、カミングアウトした。静かにドン引きされた。

友達に「同性愛者? 日本にもいるの?! 無理無理無理!!!」って目の前で言われたこともあったな。その子はテレビの中にいる、男と見るやスキンシップを試みるゲイキャラ芸人が好きだった。

好きになりかけた女の子に真顔で「同性愛って気持ち悪いよね」って言われたこともある。私は「自分に関係なければいいんじゃない?」と返した。自傷だ。

クラスの男の子が、目の前にいる私たちが同性カップルだと想像だにせず、「○組の○○、あいつホモだよ。あれはガチ、気持ち悪い」と嫌悪をあらわにしたこともある。

男の子が、ネタ的に(本当は違うのはわかってるよ、と留保つきで)ゲイ扱いされて笑われてたこともある。その子は否定も肯定もせず曖昧に笑ってた。ゲイだったのかもしれない。そうじゃないかもしれない。

ふじょしの友達が「ホモ」を消費する自分をネタ化し、彼女は笑って聞いていた。
「前に偶然深夜アニメ見たら男同士がキスしてて「ええ!?」って思った(笑)」「"一般人"にいきなりそれはきついね(笑)」という会話を、私も笑いながら聞いた。

好きな漫画の10年ぶりの続編でとあるキャラが同性と関係を結んでいて、その漫画を友達に貸したら「えwwwどうしたwwww」と反応された。

保健の教科書には「思春期になると異性に惹かれはじめる」とか「母体にストレスがかかることによりゲイが産まれる」とか書かれていた。

保健の授業ではゲイのAIDSを教師がネタにした。

全国模試の現代文に西谷修の『理性の探求』が出て、「同性婚推進者って革命家のつもりかもしんないけどもうちょっと頭使って考えなおせwwwwww」って内容を強制的に読まされ問題解かされた。
理屈で山程反論したかったのにそれができない。理屈を持たない周囲の受験者は価値観刷り込まれてしまう。同性愛で悩んでる人ならどれだけ絶望するだろう。その屈辱。

まとめサイトやヤフコメのホモフォビア剥き出しの書き込みをわざわざ自分から漁りにいってた。
「私の周りの人たちは優しいように見えるけど、本当は偏見も持ってるし差別してるはず、みんなの"ホンネ"に刮目しなければ、普段から慣れておかなければ、いつか急なショックでつぶれてしまう」と思ってた。



そういう社会で同性と恋愛していた。
彼女は味方ではなかった。私は孤独に戦っていた。
高校卒業と同時期に、「きみのモラハラに疲れた」と私から振った。
別れに男が絡んでこなくて心底安堵した。

次は穏やかな恋愛がしたいと思った。
二人くらい男の子から声をかけられて、特に恋愛感情は湧いてこなかったけど、そういう感じになった。
別にこのときは「ヘテロセクシズムに屈服した」だなんて思わなかった。ただの恋愛だ。泣きたくなるほど平凡な。

その後全然関係ないことで私が大学行けなくなって恋愛どころではなくなり、男の子とも疎遠になった。
それからここ数年は自分のことで手がいっぱいで、セクマイに関心は持ちつつ差別に反発しつつ元カノのことはあまり考えなくなった。
ただ、漫画やアニメを見ていて、同性同士の絆のなかに異性が乱入すると心が掻き乱れ、異性を踏み台にして同性同士がくっつく展開になると滂沱の涙が溢れて癒しを感じるようになった。
なんでこんなに? って自分に引いてた。


やっと自分のことが一段落して落ち着いた頃、言い寄ってきた男を好きになれないなと思って振った。
ほどなくバイの女の子に惹かれた。少し恋愛感情に手を出してみる。久しぶりの感覚に、高揚を覚えたのも束の間。

「抑圧」「世間」「男」「親」「子供」「将来」「嫉妬」「すれ違い」

無理だ!!!!!

びっくりした縛られていたことにびっくりした。心の襞にびしばし触れる。掻き乱される。この恋愛感情を他人に預けると死ぬ。また男の存在とか将来の不確かさとかそういうものに振り回される。
手を繋いでも恋人と思われないかもしれない。親に結婚の話をされながらカムできないままかもしれない。ヘテロセクシズムと戦い続けなければならなくなる。死ぬ。
その子がホモフォビアを内面化していないことは知っていた。元カノほどひどい人間はそういないともわかっていた。でも元カノが社会が私に残した傷は深かった。
そんなものに抗えるスタミナはもう残ってない。ただでさえ恋愛は疲れる。



だから男を選んだ。
人前で手を繋ぎたかった。可視化されたかった。いないことにされたくなかった。戦わずして波にのまれたかった。
違う、それだけの理由で選んだわけではない、私は雑念的感情に振り回されて言いたいことを言えなくなる恋愛よりも人として信頼できる人と契約するパートナーシップがほしかった、この人ならそれが手に入ると思った、だから選んだ。
その彼氏っていうのが10年友達やってきたひとなのもひとつのトピックなんですが。


別に恋愛感情から始まらないパートナーシップそのものが悪いと思ってるわけではない。
いずれ恋愛感情になれるだろうともわかってる。感情を偽って自分を押し殺しているわけでもない。

それでも、私は私にがっかりした。
「結局バイは男に逃げる」
「あれだけ安易な異性愛を批判し難儀な同性愛に執着しといててめえも所詮は異性かよ」
そんな声が聞こえる。
単に言い寄ってきた男に流されるならここまで複雑な気持ちにはならなかったはずだ。
好意を示してきた男を振って、恋愛感情を持てる女にいこうとしたけど踏み込むのをやめ、恋愛感情なく人としてのみ好きだった男に自分から契約を迫り異性愛を選択した。
これが私を後ろ暗くさせた。



今私が男と付き合ったら「そうだよ! どうせ異性愛様なんだよ!!^^」って同性愛に砂をかけたい邪悪な気持ちが心を支配するんだと思ってた。
でも違った。
悔しい。今は悔しい。負けてしまった。戦っていた私は死んでしまった。
女と恋愛することから逃げた。私は男に逃げた。異性愛というマジョリティー特権を手に入れた。
悔しい。
元カノに問いたい。これで満足ですか。あなたが懇切丁寧に同性愛を否定し異性愛を推し勧めたおかげで私は男を選んだよ。あなたの理想どおりマジョリティー様に迎合したよ。今何してますか。知りたくもない。

この先二度と女となんか恋愛するまい。もうあんな思いはしたくない。心に誓う。
今書いたのは全部、私の戦いへの弔文です。
健闘しました。負けました。だから私を弔いましょう。

せめてこれで終わらない。私はこれからも負けつづけ打ちのめされて、負けた自分を抱えつづけていきましょう。かつて女を愛した私を懐古に包んで美化しません。良い経験だったなんて口が裂けても言うものか。女同士は男に愛されるための一過性の練習台だと言う奴は殺してやる。
私は女が好きな女である。削り取られたくない。私は断じて異性愛者じゃない。男よりも女のほうが好きだ。無性や不定性の人を性別に当てはめず好きになることができないだろうポリセクシャルだ。
忘れたくない。私の恋心を、ただ女として女を好きでいたかっただけの心を、もし戦う必要がなかったら女と寄り添っていたかもしれない私という存在を、マジョリティー色に塗り潰されたくない。
私の戦いへの、せめてもの慰めです。
プロフィール

ねぎ

Author:ねぎ
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